曹洞宗 巨嶽山
正福寺
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■兆殿司の赤達磨
龍を描けば天に飛び、不動明王を描けば火焔が燃え立つと言われる強い筆致が特徴で、当山には兆殿司作といわれる赤達磨一幅が寺宝として伝わっている。

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■景山家墓地
(市指定文化財)
医学と教育に尽くし
比類なき業績を残した英賢たち
景山家は江戸後期寛政年間以降、代々医家であった。初代立碩(りゅうせき)は京の木島氏に医を学びその名声は広く聞こえていた。二代粛は私塾を開き、幕末の・明治維新に多くの志士を輩出。富田織部、門脇重綾、佐善元立、今小路範成、松本古堂等があげられる。三代龍造は京の三条実万(さねつむ)に仕え鳥取藩学館教授となる。四代道遠は境郷校開校初代校長。

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■松尾芭蕉の句碑
(市指定文化財)
鐘楼門前に地元の俳人一仙堂蘭石の造立した自然石の芭蕉句碑がある。「梅が香にのっと日の出る山路かな 翁(芭蕉)蘭石敬書」。
「梅が香に」の句は芭蕉らの句集「炭俵」にのっている。この句碑の裏に、「辞世、紅葉にもならで落ちたる一葉かな 一仙堂」の句も刻まれている。

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■榧の木(かやの木)
高さ20m 樹根周辺2.5m 樹齢280年(※平成3年9月倒木)
享保の頃当寺の二世真源祖淳和尚が、修行した大本山永平寺から苗木を持ち帰り植樹。飢饉と農民一揆が続発したこの時代、遠い北の国からもたらされた榧の木には、和尚の郷民済度の熱い思いが込められていたことだろう。
平成3年9月の台風19号により主幹が倒れ、市指定文化財ではなくなったが、榧の木の一部は残り、境内に新しい芽が育っている。

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■その他の寺宝写真
[水子地蔵菩薩]
[長塩 雪山絵]
[観音像]
[結界柱]
[凡夫のこころ]
[殉忠招魂碑]
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